世界の正体を解明した弊害。
僕は昨日この世界が何なのか分かりました。
この記事を理解してもらうには僕がどうこの世界を理解したかを知ってもらわないといけないので、こちらの記事を先にお読みください。
https://whatithink.hatenadiary.com/entry/2020/02/08/154857
ということで、この世界も僕たちも全て情報なわけです。
薄々気付いてはいたんですけど、そうなると僕らの記憶も単なる情報なのです。
「空間が実在する」といういうのもただの情報。本当はないかも。
問題なのは、
「時間ほんとにあるんか?」ということです。空間が実在しないことは全く問題にはなりません。僕もその中に一応存在できてるんで。
あなたは今朝何を食べたかとか5秒前まで何をしていたか何を考えていたかということが分かるでしょう。
でもそれって本当に時間を認知できてるって言えますか?
もしタイムマシンで一度未来に行きそこから帰ってこれたとすると、その未来で体験した記憶を過去のものと誤解する可能性が少しでもある時点で「過去」というものに対する信頼度はかなり低いです。
時間の感覚というのは完全に記憶に依存しています。
時間というのは人間が作り出した幻想じゃないですかね?
時間があることを証明できる人いたら教えて下さい。コメントできると思うんで。救世主です。
なぜ救世主かと言うと、時間の実在を心底信じなくなった僕は本当に何を考えたらいいかすら分からなくなったからです。
思考停止(妥協)して時間があると信じ込むことは多分出来るんですけど、嫌なんですよね。ノーロジックのこと程嫌いなものはないです。
時間が無いってなると未来に向かって何かするってのがまぁ無理なんですよね。
今Life Shiftっていう超有名な本読んでるんですけど、冒頭から時間がある前提で話されてなんだよってなっちゃいました。当然ですけどね。
でもこれが当然じゃダメだと思うんですよねぇ。
みんな全ての事象に疑問を投げかけそれを改善していく気持ちがないと、、、
って今思ったけどそれって求めるものは主観に依存してますよね。
ここで「わかんなーーい!」って今日は言っておくことにします。
僕は無数の情報の中の1つまたは複数であり、自分がすべきことなどありません。
よって時間や空間、その他無数の情報はテレビゲームの設定と同等だということを信じ込むために瞑想しながら氷点下の道を歩いて帰ることにします。
それでは、また。